旧中山道の軽井沢宿と坂本宿の間、碓氷峠付近にある廃墟群。 保養所か別送跡のような建物が数件廃墟化....

旧中山道(軽井沢宿・坂本宿間)碓氷峠廃墟

旧中山道(軽井沢宿・坂本宿間)碓氷峠廃墟 概要・歴史

旧中山道の軽井沢宿と坂本宿の間、碓氷峠付近にある廃墟群。 保養所か別送跡のような建物が数件廃墟化....

旧中山道(軽井沢宿・坂本宿間)碓氷峠廃墟 画像

旧中山道、碓氷峠付近にあるペンション跡(2019年5月)
提供画像 転載禁止
廃バス
提供画像 転載禁止
コテージa
提供画像 転載禁止
コテージb
提供画像 転載禁止

近くのスポット

旧中山道(軽井沢宿・坂本宿間)碓氷峠廃墟 ストリートビュー・空中写真

旧中山道(軽井沢宿・坂本宿間)碓氷峠廃墟 関連ブログ・参考リンク

http://blogs.yahoo.co.jp/chiba_leon/63284194.html
やがて、旧中山道にであう。厳密に言うと、熊野神社とここの分岐間を歩いていないので、軽井沢宿~坂本宿の完全制覇とはいえない。 旧中山道にもいくつか道筋があり、自分たちが歩いたのは 途中、廃墟となった別荘や分譲したが売れなかったような土地あり
http://www.246.ne.jp/~you99/nakasendo6.htm
碓氷峠の頂上は群馬県と長野県の県境となっていて、神社境内や見晴台広場には キチンとその境界が示されている。 2007.4.27前日宿泊した磯部温泉からJR信越本線 横川駅(写真左)に9:46到着。 ちなみに長野新幹線ができてから、信越本線はこの 横川駅が終点駅とり以降は廃線となった。 .. 突当り左手に小さな広場があり、奥に 明らかに廃墟となった建物(写真右)と朽ちたバスに大きな塩ビ製ドラム。 . 今朝磯部 温泉旅館を出発してから飲まず食わずであったが、慣れたことで特に食欲わかず食堂 前を素通り。
http://www14.plala.or.jp/CottageDesign/sansoudayori10.html
廃墟と小屋 納屋 ○京都里山の緑を映す住空間に映えるMKホールディングチェア ○ 2012年 年忘れの集い(晴山ゴルフ場、ちゃんこ鍋) ○人事を尽くし神頼み 軽井沢諏訪 神社平成25年初詣 (1/4 2013) . 軽井沢古宿(ふるじゅく)の中山道沿いの納屋。近隣 のツ黴
http://yuuyakehp.yu-yake.com/usuitouge3.html
随所に栗が沢山落ちているので「nanaco」は歩き辛そうですが、健闘しています。時折、栗針地獄では抱っこをせがんで、難を逃れます。「山中茶屋跡」付近を過ぎると、以前は廃車(トヨペットコロナ)が捨てられていましたが、周辺はすっきりしていました。やがて「山中坂」の
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/f51ea367c384c536bf9828a1dd14bd3e
こんな所に廃バスが・・・13時28分,緩やかな登り坂の進行方向左手の土手の上に廃バスがあるのを見付けて,大変ビックリする.この辺りは,確かに道幅も広がっていて歩き易いが,とてもバスが通れるような道ではない.どこかにバスが通れるほどの道があるのか大変興味をそそら
http://tecotabi.at.webry.info/201407/article_2.html
山中坂は道幅が広くクルマが通れるほどで、路肩には擁壁もあり後年まで整備されていたようです。そう思っていたら道端に元別荘と思われる廃屋が現れ、さらに古~いバスの廃車体が登場バスの置いてある所は広場になっていて、近くまで行ってみた車体には「千曲自動車」と書かれてい
http://home.b05.itscom.net/kaidou/nakasendo/2gunma/17usuitouge.html
座頭ころがしを登りきった先にも碓氷峠を歩いた人が必ず話題にする物がある。狭い山道の連続であるはずなのに「廃車」(右)があるではないか。信じられん。この狭い道をあの車がどう通ったのだろうか、などと考えながら十数分。今はがけ崩れなどのため立ち入り禁止となっているが
http://walk-mm.at.webry.info/201005/article_10.html
11:52昔の別荘跡と廃バスそうそうここが、昔の別荘地だったようだ。今はもう、廃屋と廃車が置かれている。いつごろのころなんだろう?山中への水路そして、この水路もいつごろのものなだろう?11:57山中坂(飯くい坂)山中坂は山中茶屋から子持山の山麓を陣馬が原に向か
http://yuru-walk.net/nakasendo7/
マークII軽井沢方面から来たのでしょう。よくここまで着いたものです。山道からの眺望山道(3)廃バス頂上手前(1)頂上手前(2)力餅長野県との県境にある、しげの屋で一服熊野皇大神社(1)
http://shinchan14.blog.fc2.com/blog-entry-7.html
座頭ころがし・・たいした坂じゃないね。すべりもしなかった走れるところは走る・・走ろう会としては当然かこれが有名な廃車か、この後、別の廃車見かけなかったが道に深い溝が廃宿泊所にあったバス。これも廃車かブログ書いていて、このへんから画像すっきり・天気もちょいすっき
http://ryosenki.web.fc2.com/nakasendo/nakasendo06.htm
10:12廃車があった。マークⅡグランデである。ナンバープレートは外されていたが、それほど古い車ではない。とても車が通れる道幅はなく不思議であった。廃車のところで立ち止まっていると後ろからトレーニンブウェア姿の方が一人ずつ二人、早足で去られた。
http://hitachinaka.seesaa.net/article/170408122.html
おー、これが有名な碓氷峠の廃車だ。明治天皇の巡幸道へは立入禁止になっている。めがね橋に出られるはず。次の機会に・・山中茶屋でメシを食って、山中坂を登ったそうだ。山中坂の途中の廃バス。なんか、ドキドキするなー。長2あ2273って、50年くらい昔か?一文字ナンバー
http://blogs.yahoo.co.jp/os1950/62840038.html
上って来る人とすれ違った、この日2人目車の通れそうもない所に廃車が。。。座頭ころがしと呼ばれる所に入ると狭くて急な下り坂になる。晴天が4日ほど続いていたので道が乾いて細かな石で滑りやすくなっている。逆に雨が降れば沢のように雨水が流れて歩きにくそうだなと思いなが
http://kaidouarukitabi.com/5kaidou/nakasen/nakasen17-usui.html
座頭ころがし急な坂道となり,岩や小石がゴロゴロしている。それから赤土となり,湿っているので,すべりやすい所である。同じ名前の坂が甲州街道「野田尻宿」にもあったのを思い出す。●捨てられた廃車13:25これが碓氷峠では有名な、車が捨てられている場所。みんなどのよう
http://yuuyakehp.yu-yake.com/usuitouge.html
座頭ころがしの坂道になり、岩や小石がゴロゴロしている場所を過ぎると!何処から入れたか全く解らない不思議な廃車があります。(トヨタマークⅡセダン・・・どうやって君は来たの???)多分、軽井沢側から無理やり入れたのだと思いますが、道幅は極端に狭い場所があり、タイヤ
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/5b663842b736b41c2123c27fb5563d98
放置された廃車12時12分,折角の街道歩きの雰囲気をぶちこわす嫌なもの見てしまう.廃車である.こんな山の中へ,廃車をどうやって運んだんだろう.どの道を通って,どんな機械を使って運んだんだろう・・・しかも,良く見ると,車体は真っ二つに切断され,車体の前と後ろの向
http://outdoor.geocities.jp/hnhkr521/22-12nakasendou67.html
山中茶屋跡辺り廃車体道標仁王門跡思婦石道標馬頭観音から5分ほどすると、山中茶屋跡がある。寛文2年(1662年)には13軒の立場茶屋や寺があったところである。道端に乗用車が捨てられている。山中茶屋から子持山(1107m)の山麓を通り、陣馬が原までの坂が山中坂であ
http://baba7jyousyuu68.web.fc2.com/2012.4.22nakasenndouwoaruku12.html
8:25座頭ころがしの急な坂道8:35こんな山道に廃車いつ頃からあるのだろうか。皆さん首をかしげる。捨てに来たのだ。いや、道が細くなりUターンがままならず置き去ったのだ。想像が果てしなく広がってきますね。9:15山中茶屋跡ここに13軒の茶屋があり、茶屋本陣もあ
http://www.jinriki.info/blog/kacchan/96.html
9時40分「座頭ころがし」に来る。名称はすごいが現在ではそれほどの厳しさはなかった。おそらく昔は相当に厳しい場所だったのだろう。なぜかこんな場所に廃車がある。HPを読んでみるとこの廃車はかなり前からあるようだ。こんなところまでどのようにして持ってきたのだろうか
http://satsunan226.blog.fc2.com/blog-entry-721.html
何のための道だろうと、いぶかっていたら、廃墟と化している別荘が木々の向こうに見えた。別荘地開発のための道なのだろうか。そして今度は廃バス。老夫婦が驚いて立ち尽くしている。いや、これは見事。廃墟好きには垂涎ものである。朽ち果てそうな看板を解読すると「見晴台別荘分