幌内炭鉱

幌内炭鉱(ほろないたんこう)とは、北海道三笠市(開山当時は幌内村)に存在した炭鉱。

お雇い外国人による指導で、石炭層の発見~採炭から輸送に至るまで機械化が進められた、日本の近代炭鉱の先駆け的存在。明治期の近代化から太平洋戦争後の復興期まで、縁の下で日本を支えた歴史的に重要な炭鉱の一つである。1989年に閉山した。

閉山後、安全性などの問題から多くの構造物が取り壊され、往事を偲ぶものは変電所や基礎、幌内神社、炭鉱住宅群など僅かである。

炭鉱施設跡地周辺には私有地が広がっているほか、クマの出没も見受けられるため、不用意な立ち入りができない状態となっている。

地図は奔幌内地区にある布引坑跡。

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幌内炭鉱 住所

北海道三笠市幌内中央町

幌内炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

幌内炭鉱 画像

幌内炭鉱

幌内炭鉱 写真・ブログ・リポート

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【廃墟のデパート】三笠市 幌内炭鉱跡 | 北海道バンザイ
1879年開業。道内最初の炭鉱です。道内最初は泊村の茅沼炭鉱でした・・・。1989年閉山。大規模な炭鉱施設、発電所跡、神社跡・・・見どころ満載です。北海道遺産に登録されています。すぐ近くに鉄道記念館がありますので、セットで見学されることをおすすめします。