高知県長岡郡大豊町にある土讃線・大田口 - 土佐穴内間にある和田トンネル旧線。 1934(昭和9)年に開...

土讃線和田トンネル旧線(西屋敷トンネル、秋森トンネル)

土讃線和田トンネル旧線(西屋敷トンネル、秋森トンネル) 概要・歴史

高知県長岡郡大豊町にある土讃線・大田口 - 土佐穴内間にある和田トンネル旧線。 1934(昭和9)年に開...
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土讃線和田トンネル旧線(西屋敷トンネル、秋森トンネル) 関連ブログ・参考リンク

http://haisentn.s78.xrea.com/ananai/1.htm
昭和9(1934)年に開通した土讃線の大杉駅~豊永駅間には、 トンネルの変状の為に開業から僅か20年後の昭和29年に廃止された旧線が存在している。 変状が起こったトンネルの前後は吉野川と穴内川に沿って大きく蛇行しいる線形不良区間でもあったツ黴
http://www7.ocn.ne.jp/~t.s-rage/39dosansend30d3101.html
旧土佐穴内駅周辺も地滑り危険地帯になっておりトンネル経由の新線にルート変更、昭和29年に現在線に切替されてます。 しかし土讃線廃線探訪初の大杉~土佐北川より遥かに楽で 旧線跡に沿って道路が平行しており藪の中を突き進む事も無く楽に辿る事ツ黴
http://haisentn.s78.xrea.com/ananai/2.htm
土佐穴内駅を出た旧線は県道113号線と交差していた。 廃止から50年以上も経過した今では踏切の痕跡は何も無いが、 県道と旧線跡の交差点はそれらしい線形のまま残されている。 この奥で旧線は秋森トンネルに入っていた。
http://tynd.bakufu.org/wada.html
和田トンネル旧線 土讃線の大田口ー土佐穴内に存在する旧線である。1954年3月、トンネルの変状により新トンネルに切り替えられたと記憶している。長らく放置していたが形をつけたいと思う探索:2009.05.02 多度津側の分岐地点である。あいにく藪が凄くて近付いていないが、谷を越えた所が分岐地点と思われる。右に僅かに現在線のレールが見えている。前回取材にきたときは、半分ほど切られた状態ながら橋脚が残っていたのだが、今回見たときはなくなってた。まさか50年以上もたってから撤去されるとは思わなかった。 高知側には橋台が残る。多度津側は藪に覆われていてわからないが、探せばあるのではないだろうか。 橋台の上から高知方面を見る。かつての路盤には見事に民家が。現在でも住んでいるようで、橋台のすぐ傍らには真新しい墓が立っている。 民家の背後にはトンネルがあった。西屋敷トンネルである。 きっちり埋め戻されている。5年程前までは開口していたらしく、この廃線を紹介したVHSビデオでは開口していた当時の映像が見られるらしい。 傍らに立っている電柱は当時物だろうか? 坑口前に下りてみた。名前の判るような物を期待したが生憎そのような物は無かった。祠が作られているが、中に何かあるのだろうか? 坑口上部から多度津側を望む。ビニールハウスがロックシェードのようだ。 坑口上部にはガードレールの支柱の代わりにレールが突き刺さっている。 反対側へ回ってみる。欄干のような構造物の真下より少しずれた所に坑口がある。最初は背後の斜面に埋没してしまったと思っていたためこの欄干に気付かなければ素通りしてしまっていたかもしれない。
http://www.mafura-maki.jp/tanbo/tetudo/wada/view9.cgi
大田口~土佐穴内和田トンネル旧線(廃隧道2本)地図 ゴールデンウィークに土讃線旧線へ行ってきました!今回のメンバーは、しろさん、九朗さん、私。強敵の土惨線に対して、心強いメンバーです。ありがたや。1934年(S.9)開通の、大杉駅~豊永駅間にある旧線です。和田谷踏切 この辺りから旧線が分岐していたそうなので、踏切近くの雑種地に車を置いて探索しました。新旧線の切り替えは1954年(S.29)3月とのこと。その頃からの物なのか、警報器と遮断機一式が、いい具合にボロボロになって味を出していました。和田トンネル 東側坑口 踏切内から現在線の和田トンネル(1,198m)を撮影。うっすらと向こうの光が見えていることから、勾配のない一直線に掘られたことが伺えます。分岐点付近 さて、新旧線の分岐には橋があったとのこと。現在、橋脚は撤去されていましたが、最近まで半分にカットされた橋脚が残されていたそうです。橋台にアンカーボルトが残っていることから、橋脚の撤去は残念に思われました。隧道上部 橋脚跡から高知県道113号線を歩き、一軒の民家を過ぎれば一つ目の隧道が現れます。道が隧道の真上に来る場所では、ガードレールの代わりに古レールが使われていました。西屋敷隧道 東側坑口 コンクリートによって綺麗に塞がれていました。僅かな隙間が、隧道上部に残ってはいますが、カメラのズームで見ると土嚢袋が詰め込まれており、内部進入はおろか、覗き見ることもできません。このトンネル、数年前までは石積みで内部を塞がれつつも、コンクリで閉鎖される前の姿が「埋もれた轍」というDVDに収録されており、今と一味違う姿を見ることができました。P1P2P3P4[編集]CGI-design
https://ameblo.jp/ironmaiden666666/entry-11977962643.html
切り替えは1954年3月30日新線移行にともない土佐穴内駅が移転した