四阪島小中学校

別子銅山精錬所の島

四阪島小中学校は、愛媛県今治市の四阪島(しさかじま)にあった学校。

1905年(明治38年)1月に、当時の無人島であった四阪島に別子銅山の精錬所が置かれた。以後、社宅、学校などが作られ、島は発展し、人口は大正時代に最大5,500人を超え、昭和30年代においても4,000人近くにのぼった。

別子銅山の閉山、新居浜東予精錬所の操業開始により、精錬所としての重要性は低下、1976年(昭和51年)12月に溶鉱炉の火は消え、1977年(昭和52年)4月には一部の工場関係者を除いて島を離れ、小中学校も廃校となった。

現在、島は住友金属鉱山の工場があり、全島同社の所有となっている。人口はゼロ、従業員は定期船で通う。

四阪島小中学校校舎は残存するが、老朽化のため危険であり、また島自体無断で立ち入ることはできない。

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四阪島小中学校 住所

愛媛県今治市宮窪町四阪島

四阪島小中学校 種類

廃校

四阪島小中学校 画像

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