大谷炭鉱(宇美町)

大谷炭鉱は、福岡県糟屋郡宇美町にあった炭鉱。

三笠商会、山下石炭、大谷炭鉱、東邦炭鉱と経営主が変遷し、1945(昭和20)年に三菱鉱業勝田鉱業所に譲渡された。1951(昭和26)年閉山。

地図位置にコンクリート遺構が残る他、トロッコ軌道の橋脚、石および煉瓦造の遺構が見られる。炭鉱住宅跡も残っている。

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大谷炭鉱(宇美町) 住所

福岡県糟屋郡宇美町

大谷炭鉱(宇美町) 種類

廃鉱・採石場跡

大谷炭鉱(宇美町) 画像

大谷炭鉱(宇美町)

大谷炭鉱(宇美町) 写真・ブログ・リポート

大谷炭鉱 トライスターの炭鉱と廃線と廃墟の放浪日記/ウェブリブログ
2010年12月5日 昭和26年、廃坑。 昭和34年、永田氏 大谷炭鉱・・・ 大正2年、(資)三笠商会が操業 。事業は大正6年から始める。 昭和10年、東邦炭鉱が経営。 閉山不明。 更に更に・・・ . 上の資料には大谷炭鉱の坑口の印もありますので 坑口からあの
大谷炭鉱
JR香椎線宇美駅付近に残る大谷炭鉱の遺構。 ホッパーの跡だろうか。 付近には今も 炭住が残る。 住宅街に不意に現れる橋脚。 戻る 進む. 【運営会社「パラダイムシフト」 サービス】. 無料ホームページ 携帯ホームページ 無料ホームページ作成 レンタル サーバー
大谷炭鉱
随分と長身の橋脚だが、下部を国鉄勝田線が通っていたため、このような高さになった という。 画面の左から右に線路が走り、石炭を満載した炭車が走っていたのである。 そういうことを想像するのは楽しい。 この道がかつての国鉄勝田線。昔日の面影は感じ
大谷鉱山
生まれが三池炭鉱があった社宅だったので、こういう場所に来ると自分の故郷に帰っ てきたような気がする。」と言うと、「私も滋賀県からこの村に嫁に来たのよ。その時は まだここも賑わっていて、福岡県の筑豊や鹿児島県、中国地方などから働きにきている 人も
ALL-A[大谷炭鉱]
大谷炭鉱は福岡県糟屋郡宇美町でかつて操業していた炭鉱だ。宇美川の支流にあたる井野川の両岸、現在の地名でいうと宇美町貴船1丁目付近に存在した。大谷炭鉱は資料に乏しく明確な歴史は分からないが、鉱業関係データサイト(リンク1)で調べると、最も古い記録としては「鉱山名
大谷 炭鉱(糟屋郡)|鶴嘴さんのブログ
さて、次は、宇美町の大谷炭鉱をアップしますとりあえず、宇美駅方面へ宇美線の脇の路地を登っていきますすると、炭住らしき建物が見えてきました奥へ、奥へ進むと橋脚遺構です回りも見渡すと、反対側に、何か、土台らしき遺構を発見しましたが、住宅敷地内にあり、不在中でしたの
大谷 炭鉱2(詳細)|鶴嘴さんのブログ
明治40年、から開坑に着手していたが、大正2年、三笠商会(若松市)が買収し経営に当り、大正6年8月13日、山下石炭株式会社が買収した大正12年、桜羽薫氏によって新たに設立された大谷炭鉱株式会社が前会社の事業を継承した大正14年、第二大谷炭鉱?と記載がありますが
大谷炭鉱 - 福岡県・糟屋郡に残る炭鉱跡をたずねて
大谷炭鉱トロッコ橋桁跡正面から大谷炭鉱選炭場跡地に残るホッパー大谷炭鉱選炭場に残るコンクリート遺構