戸井線

戸井線(といせん)は、北海道函館市の函館本線五稜郭駅から戸井町(現函館市)の戸井駅までを結ぶ計画であった鉄道未成線である。

1937年に、船舶輸送の短絡化や、戸井町に要塞を建設するといった軍事的な目的で建設が開始された。9割方の路盤が完成していたものの、戦時中ということもあり資材不足のため1943年(昭和18年)に工事を中断。結局建設は再開されないまま中止となった。駅は終点の戸井駅を含めて9駅が予定されていた。

地図は函館市汐首町に残る戸井線橋梁跡。

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戸井線 住所

北海道函館市汐首町137

戸井線 種類

廃線・鉄道駅

戸井線 画像

戸井線 写真・ブログ・リポート

年末旅行は道南へ その2
あ! これが戸井線の遺構か!! 戸井線ってのは戦争時代から計画されて建設がすすんだけど、路盤の工事は進んだものの建設が凍結され 線路がひかれたことがないので『廃線』とは言わないw しかしこの遺構、レモンが見たら喜び
廃線浪漫4
北海道にコンクリートアーチ橋が多いかというと 一つは資材不足 戸井線じは軍事用鉄道として計画されていました つまり戦前~戦中で「鉄」を確保できなかた為と言われています この戸井線は鉄筋の代わりに「竹筋」や「木筋」が使われているはず
廃線・戸井線
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戸井線廃線調査 写真1
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戸井線廃線調査 写真2
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戸井線 - 廃線跡Report
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北海道廃線跡紀行8-戸井線(未成線),興浜北線
北海道の鉄道廃線跡を旅する(8)。戸井線未成線跡;トンネル跡、戸井町のアーチ橋など 。興浜北線;神威岬(斜内山道)
戸井線~恵山
その五稜郭ですが、太平洋戦争の足音が聞こえ始めた時代に、五稜郭から東の戸井 方面に向けて軍需色の濃い鉄道路線が敷設されようとしました。この路線は、多くの廃 線・未成線ファンがご存知でしょう。戸井線と呼ばれ敷設が進んだ路線です。結局、敗色 が
戸井線
戸井線は函館本線の起点、函館の次の駅である五稜郭から湯の川温泉を通り、函館 空港の脇を抜けて、戸井方面に向かう路線として建設が進められていた。ちょうど、松前 私はもともと、この廃線跡紀行をしようとここを訪れたわけではなかった。函館の湯の
とことん遊ぶぞ 北海道!:未完の廃線 「旧戸井線」と北海道の強制労働
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国鉄戸井線未成線跡 - nifty
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残照記:2.8キロ向こう側-戸井線-
旧戸井線を取材し、戻って大野の峠を抜けて厚沢部、江差を回る。まずは道中。木古内~函館間で一番好きな風景一昔前はこの家にキッコーマンの琺瑯看板があった。奥の特徴的な山は、北海道駒ヶ岳国道すぐ上に線路が通っている
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ノンビリ歩きのブログ:旧戸井線?は実用化されたんでしょうか。
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鐵道撮心 ~Never Ending Railway~ 幻の戸井線
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函館歴史散歩6・幻の鉄道、旧戸井線 : 函館発 ぼうけんの旅
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