大社線

大社線(たいしゃせん)は、かつて島根県出雲市の出雲市駅から同県簸川郡大社町(現在は出雲市)の大社駅までを結んでいたJR西日本の鉄道路線である。1990年4月1日に廃止された。

廃止後は一畑電気鉄道による代替バスに転換された(現在は一畑バスが運行)。また、和風木造の大社駅舎(地図)は、国の重要文化財・島根県有形文化財に指定され現在も保存されている。現在、線路跡は出雲市駅 - 荒茅駅までの区間はサイクリングロードとなっており(途中、出雲高松駅跡の先からしばらくは通行不能)、出雲高松駅、荒茅駅ともにホームが残されている。

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大社線 住所

島根県出雲市大社町北荒木

大社線 種類

廃線・鉄道駅

大社線 画像

大社線 写真・ブログ・リポート

最も好きな廃駅舎 旧大社駅
中国地方では 若狭線 倉吉線、岩日線、美祢線の大嶺支線、大社線が 国鉄再建法による第3次廃止対象特定地方交通線に選定となり 若狭線は第三セクターの若狭鉄道 旧大社駅は 廃線後の現在でも営業当時のままで大切に保存されています。
【2011年】大学サークルの合宿(3日目・中編)【夏】
JR大社駅は、1912年に開業した国鉄大社線の駅です。国鉄が民営化してすぐの1990年4月に、大社線の廃線と同時に廃駅となりました。しかしながら、2004年には重要文化財に登録され、現在も駅舎が保存されています。 大社駅の駅舎内の様子です。
1995.時空の旅人~旧国鉄大社駅を見る
1回目は、まだ大社線が現役だった平成元(1989)年、2度目は大社線廃止後の平成4(1992)年と、そして今回。2度目に訪れたとき、現役時代のまま美しく保存されていたことから これは明らかに廃線跡ですね 駅構内には、D51の774号機が保存されています。
旧国鉄大社線 大社駅駅舎跡 / 曽田甚蔵 1924
1987年国鉄分割民営化によりJR西日本の駅となるもわずか3年で大社線は廃線。 同時に大社駅も廃止となりました。 現在は重要文化財指定を受けた旧駅舎と一部廃線跡が残るのみ。 往時のにぎわいを髣髴とさせる旧駅舎を訪ねてみました。
2011年 春季山陰遠征⑩ ~廃符「廃れし鉄路を進む者」~
あの赤い柵のある所が旧大社線の築堤です。 鉄橋はとっくに撤去されてたようです。 川の対岸はこんな綺麗な道路に。 しかし、真の廃線跡はこの横に入る道です。 その証拠に。 ちょっと入るとこんなものが。 雛「これは完全に鉄道遺構。
大社線廃線跡紀行-1
出雲市駅と出雲大社に近い大社駅を結んでいた大社線の廃線跡を歩く。一部 サイクリングロードと化した大社線跡の沿線に鉄道の機器が未だに数多く残る.
大社線廃線跡調査
大社線廃線跡調査. 路線概要. 大社線は、山陰本線出雲市駅から出雲大社の手前の 大社駅までの7.5Kmを走っていた線です。開通はかなり早く明治45年6月です。昔は 各地からの直通列車が走り、寝台列車も乗り入れていたようです。しかし、団体客が バスを
JR大社線廃線跡
沿革1912、6,1 出雲今市(現出雲市)~大社間開業1987、4、1 JR西日本に継承 1990,4,1 出雲市~大社間廃止 廃線跡の状況山陰本線との分岐点から荒茅駅まで は路盤が生活道路と化して残っているが、その先大社駅までは一般道路になってしまっ て
大社線
大 社 線. 1912.6.1 出雲今市(現出雲市)-大社間開通 1990.4.1 全線廃止 国鉄再建 法による旧国鉄特定地方交通線廃止の が少ないからというよりは、距離が短いうえ 出雲大社までかなり離れている(バスで5分かかる)ため合理化の一環として廃線にして
JR大社線大社駅
JR大社線は山陰本線出雲市駅から分岐していた短い盲腸線でしたが、ほぼ並行する一 畑電鉄にも「出雲大社前」という駅があり、出雲大社へはこちらが至近。やや立地の不利 もあったのでしょう、国鉄再建法に基づく特定ローカル線に指定され、平成2年に廃線
Kyoichi Yoshida "The Ruins of Rail / 国鉄大社線(JR西日本)"
山陰線を左に見送っていたあたりから、ようやく廃線跡らしくなってくる(A地点)。どちら かというと山陰線の方が左に分岐しているように見えるが、出雲市以西の山陰線(当時 の名称は浜田線)の開通は、大社線開通の翌年のことである。 最初にゆるく右にカーブ し
出雲遠征5大社駅
出雲大社のあとは旧大社線の大社駅に行ってきました。 廃線になった直後に一度訪れているのですが、今回約20年ぶりの再訪です。 大社線が廃止になったのは平成に入ってからですが、なんとも昭和を感じさせるスポットであります。
JR大社線廃線跡1 出雲市-出雲高梨間
JR大社線①出雲市~出雲高松間 出雲市駅は現在高架化されている。地平時代の痕跡 はまったく残っていない。 高架化に際して駅舎と山陰線は南側へ移動したので、高架の 北側の大社線跡に新しい道路ができている。この道路は元線路跡なのでこちらに入口
廃線跡 JR大社線NO01
大社線は明治45年に開通した縁結びで知られる出雲大社への参拝を目的として造られ た全長7.5Kmの路線でした、大都市からの直通列車やお召し列車・団体臨時列車の 乗り入れをするなど一時は賑わってたもののモーターリぜーションにより乗客が減少し第 3
第282回 一畑電鉄で出雲大社へ。大社線の廃線跡を歩く。 - 『乗り鉄
2012年10月29日 2004年8月13日~14日、1泊2日で山陰方面へ。 2日目は乗りつぶし区間が皆無で したが、一畑電鉄(現・一畑電車)の乗り鉄と、JRの旧・大社線の廃線跡を歩きました。 今回の日程 2004年8月14日(土) 松江しんじ湖温泉629(一畑電鉄北
大社線の廃線跡(2004年訪問。国鉄→JR西日本。島根  - Yahoo!ブログ
今回は、島根県・山陰本線の出雲市駅から分岐して、海沿いの大社駅まで延びていた路線、出雲大社への国鉄~JR西日本の特定地方交通線・ 大社線 の廃線跡について 超 簡単にレポートします。 大社線は出雲大社への参詣路線 
出雲に出張の際に、(旧)国鉄大社駅(廃駅)に寄ってみました。 大正
大社駅の駅舎は曽田甚蔵という国鉄駅を多く手がけた方が出雲大社をイメージしてデザインし大正13年に改築しました。純日本風の木造建築で全国でも珍しい神社様式を取り入れていました。 大社線廃止に伴い1990年に駅も閉じましたが 
出雲大社へ向かって走れD51: 報知あるくLove - ブログ報知トップ
まだ和装と洋装が入り交じった参拝客たちが、駅舎を出て、出雲大社へ向かって歩いていく光景が目に浮かぶようだ。 しかし、高度経済成長を経て自家用車が普及し、大社線は1990年に廃線。この駅舎だけが保存され、国の有形重要文化財 
JR大社線廃線跡3 大社駅 - nifty
JR大社線③大社駅跡 大社駅跡は重要文化財となって駅舎、ホーム、レール等ほぼ完全に残っていた。 駅舎, ホームから見た駅舎. 終端方向から見た駅舎, 動輪を象った瓦. 駅構内。D51が保存されている。 起点方向から見た構内, 終端方向から見た構内. D51 
廃線跡探訪「大社駅」
2009年3月29日 大社駅は島根県の出雲市にあり、 出雲市駅から分岐する 「大社線」の終着駅でした。 この駅から15分程歩いた所に 有名な「出雲大社」があり 多くの参拝客がこの駅を利用していました。 しかし1990年に大社線は廃止となり 大社駅の駅舎だけ