標津線

標津線(しべつせん)は、JR北海道が運営していた鉄道路線である。

北海道川上郡標茶町の標茶駅で釧網本線から分岐し、標津郡標津町の根室標津駅に至る本線と同郡中標津町の中標津駅で分岐し根室市の厚床駅で根室本線に接続する支線からなっていた。国鉄再建法の施行により第2次特定地方交通線に指定された。JR北海道に承継されたが1989年(平成元年)4月に廃止された。

地図は北海道標津郡標津町字川北にあった川北駅。現在はバス待合所とふれあいセンターになっている。

木製のプラットホームがあり、キハ22形気動車が展示されている。また木製の駅名標を真似た標識が立っている。

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は強く慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

標津線 住所

北海道標津郡標津町川北

標津線 種類

廃線・鉄道駅

標津線 画像

標津線 写真・ブログ・リポート

標津線廃線跡調査6
標津線廃線跡調査 6 未舗装の狭い駅前広場がそのまま残っていたが駅舎はなくなり 、ホームも見あたらなかった。 上武佐駅跡。工場?の敷地になっているようだった。 上武佐駅跡を示す木柱が立っていた。 川北駅跡のバス待合所。 川北駅跡にはキハ22
北海道廃線跡紀行-1 標津線
の原体験、標津線。根室標津駅、川北駅跡のキハ22,廃線された年の夏の中標津駅 付近,奥行臼駅など. 私が廃線跡に興味を持つようになった原点は、廃線の年の夏に 観光で乗った標津線代替バスの車窓から見た標津線廃線跡だろう。レールが残る道床
北海道の廃線<標津線>
[ 奥行臼駅跡に残る鉄路 ]. 国鉄 標津線 しべつせん 標津線は、未開の大地を開拓する ために敷設され、人員および貨物輸送の手段として根釧原野の開発の振興に果たした 役割は大きなものがあった。 厚床~西別(後の別海)間が1933年(昭和8年)に開通し、
少し昔の北海道の鉄道 標津線 釧網本線
北海道の廃止ローカル線 前面展望DVD 160x600 冬の客車 標津線 標茶-中標津 -根室標津 69.4km,中標津-厚床 47.5km 1989年廃止 動画は、YouTube(および ニコニコ動画)で視聴できます 川北駅 標津線川北駅1 標津線川北駅2 標津線川北駅 3
標津線--廃線前を訪ねて
線名:標津線(しべつ・せん) 区間:標茶(しべちゃ)-根室標津(ねむろしべつ) 69.4Km 中標津(なかしべつ)-厚床(あっとこ) 47.5km 全駅:標茶-(多和)-泉川-光進- 西春別-上春別-計根別-(開栄)-当幌-中標津-上武佐-川北-根室標津
標津線(2)
標津線(2). - 廃線 - 川北駅跡にはキハ22と標津線のあらましを記した案内板が 根室標津駅の隣駅だった、川北駅の跡。 廃止となった長大ローカル路線の途中駅の 現在の姿としては、あまり気張らず、自然な姿に見えました。 上武佐駅跡、当時から 残る
北海道の廃線<標津線>
トップ > ▲北海道の廃線巡り > ▲標津線 > ▲上武佐-川北駅. 築堤。 草生して、秋 でも笹が茂ってますが、築堤自体はしっかりとしています。廃止されて20年程になります が、さすがの丈夫さですね。 (09.11.3). 武佐川橋梁。 東標津信号場跡の少し先に
廃線から20年後の標津線1 川北駅とその近くの橋: タマのいななき
2009年1月14日 廃線から20年後の標津線1 川北駅とその近くの橋. まず、全然関係ないんです さて、 標津線廃止から20年が経ちました。昨年色々とその残骸を探す メロディーロードから 標津町川北に行きまして、川北駅跡へ。電車が今でも展示されて
2輪車購入履歴~90年その1
廃線になった標津線、川北駅にて。 DTは非力でしたが、楽しかったです。 これだけ荷物を積むと、 加速時に軽くウィーリーすることもありました。 さすがにGWはまだまだ時期が早かったですが、初夏のころにはまた道東方面へ出かけます。
旧標津線・奥行臼駅跡-鉄道・旅・駅・カメラのBlog-
標津線・奥行臼駅跡 大切に保存されてはいますが、遠目でも古さと傷みがわかり、長年 厳しい風雪に耐え続けた壮絶ささえ感じました。 奥行臼駅跡と標津線廃線跡 こちらは、 バスの待合室付近から見た廃線跡と奥行臼駅跡です。すっかり雪で埋もれてしまってい
標津線--廃線前を訪ねて
線名:標津線(しべつ・せん) 区間:標茶(しべちゃ)-根室標津(ねむろしべつ) 69.4Km 中標津(なかしべつ)-厚床(あっとこ) 47.5km 全駅:標茶-(多和)-泉川-光進- 西春別-上春別-計根別-(開栄)-当幌-中標津-上武佐-川北-根室標津
標津線廃線跡調査1
標津線は根室原野の開拓と地域産業の振興を目的に昭和8年(1931)12月に根室本線 厚床から工事が始まり、昭和9年10月に中標津まで開通した。更に、釧網本線の標茶 からの路線が計根別線として工事が進み、昭和12年10月に根室標津まで開通したのに
廃線から20年後の標津線19 キハ22川北駅: タマのいななき
2009年10月19日 武佐駅跡に続き、川北駅です。 全く跡すら見受けられない武佐駅同様、川北駅跡ももう 残骸を見ることは出来ません。ただ、標識をリニューアルしたり、キハ22を残していたりと 、当時を偲ぶ資料が展示されています。 ここが川北駅跡、向かいが
廃線探索 標津線(歩鉄の達人)
2012年8月12日 標津線(廃線) 標茶駅 - 多和駅 - 泉川駅 - 光進駅 - 西春別駅 - 上春別駅 - 計根別駅 - 開栄駅 - 当幌駅 - 中標津駅 - 上武佐駅 - 川北駅 - 根室標津駅. ①標茶駅(しべちゃえき )は、北海道川上郡標茶町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)釧網
【標津線】廃線巡り1 ~ 光進駅 - 廃線
1989(平成元)年に廃線となった標津線は、標茶駅(川上郡標茶町)~標津駅(標津郡標津町)を結ぶ鉄道路線で、途中の駅からは分岐し、中標津駅(標津郡標津町)~厚床駅(根室市)間の支線も有していた。ちなみに『標津』の呼び方については、『士別』と混同しないために道民
緑のホーム、平糸にて - 廃線
というわけで、平糸駅を探しに行きます。中標津方面側から見た平糸駅跡廃止から24年経過した平糸駅。仮乗降場として開業したのは1961(昭和36)年だそうです。倒壊した木造の建物は、かつての待合室だったようです。奥にはホームが見えます。ホームには草がビッシリです。
廃線研究所 国鉄標津線 - おがえもん.
おがえもん廃線研究所. 調査時期 平成17年10月. 北海道 道東. 国鉄(JR北海道)標津線. JNR NAYORO Line. 廃止年月日 平成元年4月30日. 標茶~根室標津 59.4km 厚床~中標津 47.5km. 標津線廃線調査写真のページへ. 検索用. 国鉄 標津線 廃線 標茶 
廃線探索 標津線厚床支線(歩鉄の達人)
2012年8月13日 標津線厚床支線は、北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。中標津町の中標津駅で分岐し根室市の厚床駅で根室本線に接続する支線からなっていた。国鉄再建法の施行により第2次特定地方交通線に 
廃線跡を訪ねて【標津線中標津駅】 - 道東撮影紀行 | 北海道のお泊り
2014年5月10日 明日(2014年5月11日)でJR江差線が廃線、とニュースで流れていました。